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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

岡本女史との再会

             ≪八月二十六日≫      ―爾―



  十三時十五分、大使館に戻ると毛唐が三人ほど、ドアが開くの

を待っていた。


 芝生に腰をおろし、待つこと10分。


 十三時二十五分、やっとビザ係りのおばさんが車で現れた。


 素晴らしいドレスに身を包み、胸には真珠のネックレス、指にはキラ

リと光るもの、そして厚めの化粧、・・・・・美人に見えるから不思議だ。



  やっとの事で中に入れてもらえる事になった。


 部屋は二つあって、もう一人おじさんがいる。


 事務室は狭く、大きなデスクが備え付けられているだけで、十人も入

れば一杯と言うほどの部屋である。



  おばさん・・・・机を前にしたかと思うと、バッグを開けて鏡

を取り出し、再度化粧直しが始まった。


 ビザ申請の書類を毛唐と一緒に机に並べるが、一向に目をとうそうと

しない。


 五、六分で終ってしまいそうな事を、彼女はとうとう四十分も掛けて

目を通した。


 ビザ代金100バーツ(1500円)也。


 ビザのスタンプをパスポートに押してもらって、すぐ日本大使館経由

で、皆との待ち合わせ場所であるアートコーヒーへ向かった。


 残念ながら、日本大使館では、日本からの便りは届いていなかった。



  アートコーヒーの店内に入るとひんやりする。


 汗で濡れたTシャツが冷たさを増す。


 奥のテーブルでは、田中君、新保君、鉄臣君の三人が、漫画本をむさ

ぼる様に読んでいるのが見えた。


 そして、一つ置いたテーブルでは、ネパール衣装を身にまとった、岡

本女史が珍しく顔を見せている。


 俺はその間の席に腰掛けた。



  それから二時間、何冊の漫画本に・・・・どれだけの新聞に、

目を通した事か。


 新聞は昨日の日付のもので、日本とは一日遅れとなる。


    俺 「巨人が頑張ってるな!」


 思わず大きな声で言う。


    皆 「ここまで来て、巨人かよ。」


    俺 「良いじゃん!」


 今日の疲れがいっぺんに吹き飛んでしまったようだ。



  この後、J-トラベルへ顔を出す。


 ネパールまでの飛行機のチケットが、出来ているのを確かめに出向い

た。


    俺  「出来てる?」


    事務員「出来てますよ!」


 チケットを手に入れた後、J-トラベルの女の子達に、日本語を教え

たりして過ごす。


 PM5時10分、夕食をとって他の仲間達は部屋へ戻っていった。



  ホテルのロビーで本を読んでいると、岡本女史が食事から戻っ

てきた。


 これで何度目だろうか、良く逢う日である。


 彼女の方から俺を見つけると声を掛けてきた。


 途中、席を立ったと思ったら、コーラとコップ二つを持って帰って来

た。


    俺 「いつ、日本へ戻るんです?」


    岡本「二十九日です。チケットは持ってるけど、乗れるかどう

かわからないんです。ここんところ、毎日航空会社へ行っ

て確認するんですけど・・・・どうかな?」


    俺 「夏休みの終わりで、混んでるんだろうな。岡本さんもエ

アー・サイアムですか?」


    岡本「そうなんです。安いんですけど、混んでると乗れないの

が欠点ね!」


    俺 「そうなんだよね。」


    岡本「今夜、チェンマイへ行ってきます。明日の朝着いて、ま

たすぐ戻ってくるんです。飛行機の関係でゆっくり出来な

いけど、・・・仕方ないわ。」


    俺 「そうですか、俺も後少ししたらチェンマイに行こうと思

ってます。情報教えて下さいね。」


    岡本「短時間ですから・・・どうかな?」



  俺 「どうですタイは?」


    岡本「タイという国は気が重いですわ。タイの人の目つきには

どうしても我慢できなくて、それに同じ日本人旅行者も五

月蝿くて。あなたは優しい人だわね!前に逢った時から、

そんな気がしてたんです。」


 ・・・・喜んで良いのやら、悲しんで良いのやら。



  岡本女史は、東京・三鷹駅近くに下宿している学生。


 彼女は自分について多くを語ろうとはしない。


 とにかく、自分というものをしっかり持っていて、絶対に誘惑に負け

ないというプライドを感じる。


 整った顔をしているのだが、目が鋭く、どこか近寄りがたいところが

あるのは事実だ。


 人を見る目は鋭いものを持っている。



    岡本「二十八日には又、このホテルに戻ってきます。ま

た、逢えると良いですね。」


    俺 「逢えるでしょう。」


    岡本「アッ!バスが来た見たい。お元気で!」


     俺 「気をつけて言ってらっしゃい。」
 チェンマイ

への迎えのバスが来た。


    岡本「それでは!」



  岡本女史と別れて、六階に上がると、602号室では宴会が始

まっていた。


 これから日本に帰る田中君も交え、六人が集まった。


 会長一人が、今頃ジャングルへ足を踏み入れているころ。


 ビールとウイスキーで、零時過ぎまで日本の歌を歌ったり、特異の踊

りが出たりでなんとも楽しい宴会となった。


 一人50バーツ(750円)の宴会。



    田中君「旅行してて、こんなに楽しい思いしたの初めてで

す。ほんとに良い海外最後の夜になりました。有難

うございました。」


涙を流しながら、京大生の田中君が頭を下げる。


    鉄臣 「こんなの、いつもやで!」


    田中君「きっと、手紙出しますから・・・手紙下さい。こ

れで友達に自慢話が出来ます。ヒッチハイカー連

盟、万歳!」


 なんとも早、酔いがまわっているようだ。



  新保君が、あの有名な”月光仮面”の踊りを唄にあわせて踊り

始める。


 涙を流しての笑いは、バンコック市内に響かんばかりに起こった。


 それとは全く関係ないように、窓の外ではいつもと同じ闇が深まり、

ネオンが冷たく鈍い光を放っている。
 マレーシア・ホテル、602号

室。


 この夜、治外法権と化す。



  長い宴会が終わり、静けさが広がっている。


 ラジオからは、”港町ブルース”がタイ語で流されている。


 ここで流行っているのだ。


 今日も大使館に便りはなかった。


  ”俺の便りは・・・・本当に、日本についているのだろうか?”


 静かになると、日本に残してきた彼女の事が・・・・・。


 夜が更けて行く。


 今頃、岡本女史はチェンマイに向けて走るバスの中。


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